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「日本」とは、「海外」とは、

  • 執筆者の写真: Tak Yama
    Tak Yama
  • 2024年7月31日
  • 読了時間: 5分

 「陰キャ」も未完ではあるので、別の題材を挟むのは様々な弊害があるように思えるが、まあこのブログのコンセプト自体が「日々考えることをそのまま」なのでご容赦願いたい。


 知っての通り、私は現在デンマークという国に年間留学にて訪れている。私が利用している留学プログラムは主として「文化交流」であり、大学でやるように単位取得や学士号のため日々授業に勤しむようなそれではない。それゆえに、私に求められることはよくある留学とは少し違うように感じる。まあこれも一般的なという修飾に隠した単なる偏見なのだが、留学といえば同じ趣味、同じ土俵を持つ外国人と学習に励む傍ら、その国の生活を体験し、知見を深めるといったものだろう。しかし私には同じ土俵がないのである。

 というのも、私の留学が「文化交流」を名乗る以上、私と話したいと思う方が知りたいのは、一般としての「日本」であり、「海外」であるわけだ。我々からするとデンマークが遠く離れた国であるように、彼らからも日本ははるか東の島国として認知されている。そこから来る日本人から知りたいこと、想像に難しくないが、日本についてである。

 ということで、私は時折「日本代表としての日本紹介」をすることがあるのだが、それを重ねると襲われる感覚がある。それは、「私が知る日本は一般的な日本と相違ないのか?」ということである。


 話変わって少し自分語りをさせてもらうが、つい最近私は前までのホストファミリーと別れを告げ、新しい家族のもとでお世話になっている。何も前の家族と不和であるとか、私がストレスで出ていくほかなかったなどと言うわけでは全くない。ただ向こうの家族の事情で初めから夏までしかいられないと決まっていたので、その期限がきただけの話だ。

 新しいホストファミリーはクラスメートでもある友人宅で、長くとも1,2か月でまた移動することになりそうなのだが、何しろ時期が時期なので、この家に来てまだ二週間も経っていないが親戚の集まりに行ったりと非常に忙しかったわけである。そこで私は祖父母家族の田舎の家に泊まったり、西海岸の島でリゾートを満喫したり、北の上流な住宅街のおうちにお邪魔したりと一気にデンマークを見て回った。忘れないうちに何か旅行記のようにまとめたいところではあるのだが、今回は残念ながらそれではない。

 私はここ十数日で、多くの「デンマーク」を見た。それでふと感じたのだ。「今まで見てきたデンマークはデンマークであるはずなのに、この相違は何なのだろう?」

 今回の語りたいところは、その「デンマーク」マクロに見て「海外」や「日本」とそのミクロ的な経験との相違、それについてである。


 私は今年1月からの半年間は家族の大半がコペンハーゲン、それも同じマンションに住んでいるという奇異ともいえる家族のもとで過ごした(もう留学も後半戦なのかとふと寂寥感を感じてしまった)。家族で離れた場所に行くことといえば同じ島の南の方にあるサマーハウスに行くのみであった。個人的な旅としてオーデンセやらエスビャーグ、ヘルシンガー等々には訪れているが、それらは目的地が決まったうえで、移動時間は最小限に抑えたものだったため、必然的に私が見る景色はどことなく似通って、いずれも(今思えば)都会の部類、近郊の町々であった。

 それがこの最近になり、西海岸の方のいわば田舎を多く見た。そこは確かにデンマークの町、ヨーロッパの街そのものなのであるが、そこには鉄道はなく、観光客はもちろん見当たらず、人の姿もまばら、という環境を見て回ったわけである。そこで、形容しがたいが確たる差を、もしくは言いようのない違和感を感じた。それの根源は、今まで、つまり半年という長くないようで長いデンマーク全編で見たものとは大きく違うものを見たために、海外のように思えたのに確かなデンマークである、というその差異によるものだと私は感じた。

 そこで私は己の留学に孕むリスクを見出したのだ。私が日本に帰ってきた時に、きっと多くの人に思い出を話すだろう。そしてその時私はその思い出を「デンマーク」として語るのだ。しかし、たかが1年で見る景色はデンマークではなく、私の場合エイリアンから見たコペンハーゲンとその他有名な観光地、程度のものにしか成り得ない。それを聞いてデンマークというイメージを作るとなるとそれはデンマークの他の部分を無視したものになってしまう。ただの観光であればさほど重大ではないが、この1年は将来において、私においてきっと大きなものになるだろうから、その記憶で顕微鏡から見たデンマークを全体と相違ないように、抽出したデンマークを母体と見なすようにしてしまうのがひどく恐ろしく感じてしまったのだ。


 また、これに言えることは「逆も然り」である。つまり、私が16年間を通してみてきた日本を、デンマークにいる日本に興味のある皆々様方に話して、例えばそれをもとに日本を楽しみたいなどと言ってくれた日には、私の日本像がその人に多大な影響を与えてしまうということだ。さすがに妄想が拡大しすぎかもしれないが、特に私は北海道という島で今までを過ごしてきたわけだし、本州の人は北海道を時折海外のようだと形容することもあるように、私が見てきた日本は少し様相が異なっていてしかるべきなのだ。それこそ、日本各地の家庭にホームステイしてみないと本来の多様な日本像などと言うものは見えるわけがないのだから。


 この記事に関してはただの気づきの報告であるのでこれといった結論はないのだが、何か言うことがあるとするならば、私のようにたかが1年、狭い範囲の留学で知った気になるという自然な怠慢はくれぐれも避けたいし、自分の見たい留学の姿に固執することがどれだけのリスクをはらんでいるか、知った気になるということがどれだけの悪魔であるかを再認識した次第である。

 
 
 

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