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忌避されるグロ

  • 執筆者の写真: Hisa
    Hisa
  • 2024年5月3日
  • 読了時間: 4分

母親の胸に抱えられた赤子がニューヨークのある通りを歩いている。工事中だろうか、鉄パイプによって組み上げられた足場があり、その下を歩行者が通れるようになっている。そして親子が下を通り、くぐり抜け終わるそのとき、上から作業員が落ちてきた。親子は無事か、だが作業員は。

赤子は母親の胸に抱えられながら、作業員のひしゃげた体を見つめている。このとき赤子は母親のように叫び、その上泣き声を上げるだろうか?また赤子はこの状況に対してどのような感情を抱きなき叫ぶのだろうか?この事故への恐怖か、突然の事態への驚きか、母親の慈母心からきた強い抱擁への痛みか、誰かの叫び声か、何が起因して泣くのだろうか?


グロテスクな何かへの不快感。それはごく自然な人間本来が持つ身構えで、それはそれまで形をなんとか保っていた生物が「生物であった」何かへと変容した一種の神秘の現れである。その神秘は、肉体の脆さ、一瞬にして移り変わる自然世界の宿命、とでもいうべきだろうか。このような予測できないメタモルフォーゼに対して一切解明できなかった頃の、畏敬の表れなのだ。


しかし思うにグロテスクな何かに対して耐性を持ち、それを克服できるというのは、間違い無く高度な文明を保有している証拠である。ただしこの考えは、そのような克服できた者がマジョリティーとして存在している場合のみ適用するのであって、necrophiliaのような所謂「異常者」(Lecter博士やPeter Kürten)を指しているのではない。

先ほども言ったようにグロテスクな何かへの嫌悪感というのは、一種の自然的な産物であって、至極普通なことなのだ。ある種の禁忌を私たちに警告しているようにも思える。しかし面白いことに数々の文明はそのグロテスクさを、文化や宗教に科学などの人間至上主義型の考えによってコントロールし、破ってきた。多くの生物を神として、まだそれらを愛するように仕向けられた多くの考えはあるが、やはりそれらを作製したのは人間であって、人間本意の考え方がバイアスとして強く作用している。そのような克服というのは生命の本質を否定するような行為で、生命の触れてはいけないタブーを犯したようにも思える。だがそれは医学界のアカデミーの代表されるような高潔なものとしても捉えられる、気高い「美」でもある。


美として扱われるのだから、どんなに残虐非道なことでも許される。これはいい文言である。アステカの儀式は宗教がそれを許し、石抱は江戸時代がそれを許し、ゲシュタポは当時の社会がそれを許した。それらを現在の視点からして美とは言いたくないが、それを「しても良いもの」として認めた社会の、人民への拘束力はさすが人類!、と銘打ってしまう。


またグロテスクさに慣れた人間は、平気でグロテスクを体現できるようになってしまう。そのような反自然的な側面を持った人類という「生物」だったからこそ、私たちはここまで世界を支配できた。戦争という極限状態にさらされた人間は、その精神さえも極限状態になり、それを突破した昂奮を勝ち取れば、さながら立派な兵士として多くの敵兵を殺せる勇敢な獅子となるのだ。(無論この戦争観は古いステレオタイプ)


だがこれから幾数年も時が経ようとて、人間がグロテスクさへの嫌悪感を脱却できるとは思えない。しかしそれを乗り越えられる数はどんどん増えていくだろう。表面ではグロテスクさは無くても、生命として考えた時の人間の本質から辿れば、十分にタブーの規約違反なのだ。

そしてどれだけ文明が発達しようとも、悲しいことに生命は生命なのだ。いくら天を貫くバベルの塔を建てても、家には排泄用の器具が設置される。いくらタイムマシンで時空を越えようとも、パネル操作で視力は落ちてしまう。

肉体があり意識があり、それを知覚している限り私たちは生命の限りを尽くすのみである。全人類がブッダのような人間になったのなら、生命から解脱しブラフマンとともに歩めればそれでいいのかもしれない。

生命を超えて存在する世界は、もう程遠くないように感じる。だが人間は大いなる過去を振り切るのが苦手なので、そういうテクノロジーに対して数多の反発が起きるだろう。しかし人類はいつでも発展という名の下にコマを進める。デモやテロ、抗議に反対意見。まあそういう妨げになるものは、一切合切除外されて、人類は晴れて栄光の世界へと羽ばたくのだ。


めでたしめでたし

 
 
 

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