手塚治虫のドイツ「ナチス篇」
- Hisa
- 2024年4月27日
- 読了時間: 6分
更新日:2024年4月29日
手塚治虫という漫画家がいる。彼は生涯に15万枚もの原稿を描き、700タイトル以上の作品を残した。その数の多さからドイツに関する作品がたくさんあることに気付いた。今回はその数と種があまりに多様なので3つのジャンルに分けて解説していきたいと思う。
1つがナチスのドイツ。2つがベートーベンのドイツ。3つが一般教養としてのドイツだ。
またここで引用する数々の漫画はストーリーの流れの上に成り立っているため、一部分を切り取った画像で全てを判断はできたいことを留意して読むようにして欲しい。自分は多少なりとも彼の作品を読み、知り、何よりも愛しているためこのような文章を書けるのだが、ここで取り上げる多くの作品を見るあなたたちは、おそらくほとんどの作品を知らない。
私はこの文章を手塚治虫とドイツ、その関係にまつわるプラットフォームと捉えて読んで欲しいと思う。だからもし手塚治虫の伝えたいメッセージを読み解きたいならば、ebookで探してもらえれば簡単に手に入る。でも「彼の何たるか」を表面以上にその深層まで理解したいとちょっとでも思っているなら、迷うことなく古本屋へ行ってくれ。時代のリアルな動きがわかるのは断然紙の書籍だから。また大概の古本屋には1冊ぐらい彼の本があるから、チラチラ見回れば大抵置いてある。しかも安いとくるのですぐ買って、家路の中で読み終わろう。
ここから下は手塚治虫作品のネタバレが沢山含まれているので註意すべし
ナチス。それはドイツの犯したタブーである。いや人類の犯したタブーだろうか。あの蛮行はこれから時代が進んだとしても認められることはない。パレスチナの問題を生み出した原点もここにある。序文めいた文章はさておき、彼は様々な作品上でナチスを引き合いにしてドイツを描写している。
ドイツに住んでわかったことだが、ナチスは中国における天安門事件のような、口に出せば即刻終わり、というようなものではない。誰も積極的にこの話題を振ろうとはしないが、そのような話題に移行した時は、否定的な感情を含め、声を小さくしながら話すイメージである。話す際は真剣に、茶化したりせず。無論笑い物にしたりする対象ではない。それこそ彼らのアイデンティティや良心を嘲る非道な行為である。
そんな話のはずがなんとも手塚治虫の漫画内では、ちょっとした道化のような使い方でナチスが表現されている。ただし「アドルフに告ぐ」はナチスに対しそのような形容は一切していない。
本旨から少しズレるが今日歴史の授業でヒトラーの我が闘争「Mein Kampf」の一部を読んだ。まあわかりにくい文章だった。日本で読む際にちゃんと挫折して良かったのかもしれない。また当時の版の本も手に取れた。本旨に戻ろう。
それにしてもナチスの描写が多すぎる。ざっと挙げると
「アドルフに告ぐ」:根幹の設定として(これが彼の描いたナチスに関する作品の中で最も有名、兵庫とドイツは重なりイスラエルとなる)
「アポロの歌」:「デイ・ブルーメン・ウント・ダス・ライヘ」(Die Blumen und das Leiche)に登場する兵士として
「ケン一探偵長」:ペロ大統領の敵として/ナチスの復活を目論む透明人間として
「黄色魔境」:ロンメルの北アフリカ戦線として
「ジャングル大帝」:有名なナチスの鬼将軍の血統であるB国人はロンメル将軍として
「処刑は3時に終わった」:大佐として
「第三帝国の崩壊」:そのモデルとして
「地球を呑む」:ゼフィルスの夫として
「鉄の旋律」: マッキントッシュ先生がESP(超能力の一種)の研究をすることとなったきっかけの出来事として
「七色いんこの国際漫画祭ルポ」:提灯に書かれた卍をナチスと形容する人として
「人間ども集まれ!」:天下太平がバイヤーのための 雰囲気盛り上げに使うナチスのオマージュとして
「ビッグX」:ヒトラーの影武者の一人であるクロス党の党首として
「ぼくの旅日記Ⅱ」:アウトバーンの説明として
「ミッドナイト」:ナチス本部から派遣された医師団の一人であるゾルゲ改めリーゼンバーグとして
「3つ目がとおる」:保介が独裁者としてヒトラーを引き合いに出している/元SSのヘパトームとして/和登サンと知らずかあちゃんに改造する際の文句として/雲名警部のドイツ語自慢として
ちょっと多すぎやしないだろうか
なぜこうも多くのナチスに関する描写が多用されているのか?私はこれは手塚治虫が経験した戦争への嫌悪からきていると思う。
ここで昭和20年当時の日記から彼の考え/思いを見てみよう。また一部本旨に関係ない部分は省略した。
『四月三十日(月)晴れ暖かし
赤軍はベルリンの大部分を占領した。ベルリンはもう屍と焰の都市と化した。本日の新聞で見ると、
「溝という溝は死体で埋まり、高層建築は見る影もなく石材の山となり、並木の大通りは炎々と燃えさかり空飛ぶ鳥も羽をこがす位だ。ベルリンは死の町だ。街頭や地下鉄のトンネルは墓穴と化し、下水道にも死体が浮かんでいる。運河は建築物の破片やくさりかけた死体で一ぱいで、吸上ポンプすら使えない。夜になると、ただ月明かりと火焰の光が赤軍陣地を照らすばかりだ。脅かすような轟音に、昼夜を問わず話すら出来ない」(ルーター通信)
なお、西部戦線の独軍は対米戦闘を離脱した。
五月三日(木)曇り後晴れ
ヒトラー総統戦死、ゲッペルス博士自殺、ムッソリーニ総統処刑、赤軍ついにベルリン占領、北伊軍無条件降伏。
この驚くべき報道の数々!ドイツの英雄の死はわれ等ひとしく哀悼の意を表せざるを得ぬ。これで四月中にはルーズベルトの死を最初に、ヒットラー、ムッソリーニと、今次大戦の花形が続いて斃れたのだ。その上、ベルリン陥落、ドイツの降伏である。敵はいよいよ大東亜戦に全力を注ぐこと必至である。
五月五日(土)
ドイツは遂に米英ソに対し全面的降伏をした。歴史は夢の如く作られ、この運命も全く夢のように思う。』
ここで私が全くわからないのはヒトラーのことを「ドイツの英雄」と称している点である。手塚治虫は主義者と言って正しいかはわからないが、平和を愛している。にも関わらず第二次世界大戦の立役者であるヒトラーをかのように表すとは何事だろうか。考えられる理由として、当時はかのユダヤ人差別のことなど、大本営発表のそれと同じくほとんど報道されていなかった。そういう訳で当時の知識で云えば、ヒトラーはヴァイマール共和国下の陰鬱な雰囲気を打開する「英雄」であったと捉えるのは、至極普通のことだと思う。
またこのような戦争下の衝撃的な事実があったからこそ手塚治虫はドイツに「ナチス」というイメージを持って様々な作品に登場させたのだろう。
最後に一つ言いたい。「アドルフに告ぐ」を読め!漫画は読者に向けての、作者の意見の味付けであるから…


























































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