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若者になるということ

  • 執筆者の写真: Tak Yama
    Tak Yama
  • 2024年5月1日
  • 読了時間: 4分

 日本で流行や戦後歴史を語る上では、「○○世代」という言葉がよく用いられる。おおまかには「団塊世代」から「バブル世代」、「氷河期世代」、そして「ゆとり世代」などといったように推移していき、今新社会人だったりキャンパスライフを謳歌している世代が「Z世代」、私たちは「α世代」と言われたりしている。これのネーミングには主にその世代が若者、具体的には十代後半~二十代の時の日本の情勢に大いに影響されている。言い換えれば、世代の呼び名というものは彼らが高校生→大学生→新社会人という激動の十年ほどに起こった出来事で呼ばれるのだ。

 また、世代の呼び名は何も世代を表すだけでなく、その世代全体の特徴や傾向を意味することが多い。わかりやすいもので言えば「ゆとり世代」や「さとり世代」がある。私はこれに、確たる関連があると思う。つまり、私たちが十代後半~二十代で経験する出来事によって、社会人になったときの私たちの傾向や、もっと言うとその後すべての何らかの性格に多いな影響を及ぼす、ということである。もっと言うと、この「世代名」は客観的に私自身が判断されるときにも多大なるバイアスを与えることだろう。例えば「バブル世代」であれば景気がよく就職にあまり苦労はしていないが、その分会社内でのパワハラや長時間労働には耐性があり、仕事においてガッツと勢いも持つ世代、とよく言われる。もちろんその世代の方の中にはそうでない方も大いにいらっしゃると思うが、周りがそう判断する、ということである。そのうえ確かに今60近いこの世代が若者にやれセクハラだパワハラだと言われて教育がうまくいかず、さらにはこんなにしごかれ成長させてきた会社を一年足らず(一年耐えられず)で退職するZ世代に不満が募るのも、きっとバブル期を会社と共にした彼らの愛社心というか、情熱が生むものだと私は思う。たとえ話が長くなったが、世代が与える影響は実は大きく、また周りに与える影響も大きいのである。


 では、私たちが大人になったとき、どのような世代と呼ばれるのだろう。もちろん情勢というものは完全な予測は不可能であるが、少し考えてみたい。

 前提として、今のところ我々は「Z世代終期」もしくは「α世代」と分類できるだろう。そしてこれは、ほかの○○世代とは確たる違いがあるのをご存じだろうか。「Z世代」という言葉は、アメリカで世代を表すときに用いられる「generation Z」から来ている。つまり、以前までの呼び名は日本国内での出来事を元として名付けられた世代であるのに対し、Z世代以降は世界的もといアメリカ的な呼び方を真似ているわけである。この呼び名を輸入したのは学者なのかインフルエンサーなのかそのところは不明だが、なぜアメリカ式の呼び名がこんなにも簡単に入ってきたかという理由は、なんとなく想像つくのではないだろうか。それこそZ世代の特徴ともいえるものである。

 Z世代とは、1990年代後半~2000年代前半のことであり、その特徴としては「生まれた時からインターネットがありブロードキャストを使っており、PCよりスマホを巧みに使う世代」などとよく言われる。この世代がアメリカ式の呼び名になった背景は「画面の向こうにある海外」が非常に身近になったから、といえるのではないだろうか。

 また、我々Z世代は、実はデジタルネイティブ最初の世代といわれる。そのため前々の世代と比べるとインターネットを日常の一部として使いこなしている、というわけだ。

 また、不況を幼少期から目の当たりにしてきたために企業への期待が少ないらしい。そのため転職や副業に抵抗がなく、まったくバブル世代とは反対の傾向のように見える。


 よりグローバルかつフレキシブルな世代のように見えるZ世代だが、海外のミームでは「Zoomer」と呼ばれたりする。ミーム的象徴のZ世代キャラクターといった具合だが、彼らの特徴は「SNSを駆使し、エナドリとゲーミングPCとNIKEを愛し、現実ではコミュニケーションができないのにネットでは饒舌になる奴ら」というように言われる。面白いのが、よくこれを自分たちの自嘲として用いるわけだ。どうやら私たちは、インターネットを介して善悪の判断はできるのに、それで行動を変えるほどではないような中途半端な世代に見える。


 アメリカ式の世代名を用いているので、そちらに焦点を当てて比較すると、Zoomerのほうがその特徴をよく理解したうえでその新しさもといダークさを愛しているのに対し、それを輸入している我々他国のZ世代はまっすぐにそのダークさを正義ととらえる。会社の愚痴をSNSで発信し、プライベートの発信とコミュニケーションは全てスマホでこと済ませるその姿は、少なくとも上の世代にはよく見られない。私たちがネットを扱うメインの世代なのでそこでコミュニティを築き他を笑うなら、我々の次の世代が登場したときはどのような様相を呈すのだろうか。世代間の違いを認めることができる世代が現れることはあるのだろうか、最先端の世代が我々であるうちに、何とかこのインターネットに対して理解のある社会を形成していきたいものだ。若者であるということは、この世代を作っていくということだ。ネット内で世界を築くのもいいが、何とか私たち世代の居場所をリアルにも残しておくようにはならないのだろうか。

 
 
 

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